「鰥寡孤独」(かんかこどく)ということばがある。
広辞苑によると「妻を失った男と夫を失った女とみなしごと老いて子のない者のこと。よるべのない独り者。世にたよりのない身分の人」とある。
さらに、故事成語辞典によると、これに「この四者は政治的にもっとも困窮しているひとであるとされた」とある。
このことばの一番はじめの文字『鰥』(かん)は「魚に涙をそそぐ」という字で「妻を失った男」のこと。
『字統』(平凡社/白川静著)には「魚に涕(なみだ)をそそぐという字が鰥を意味するのは、魚を女性の象徴とする古い観念によるもの」で「鰥は亡妻に贈る魚に涕を垂れる悼亡の儀礼を示す字」とある。
古い文字の形はそのまま目から落ちた涙が魚にそそがれているかたち。
この「目から涙が落ちている形」は様々な文字の中に見られる形だ。
例えば「懐」(カイ)おもう、なつかしむ......という字、これは死者の衣の襟元に涙が垂れている形。
死者を哀惜する喪葬の儀礼を示す字で、死んだ人の事を懐かしく心に懐うこと。
遠い古代の人々にとって、「涙をながす」という自然な行為ひとつも神聖な儀礼として意味付けられる。
漢字ひとつを一枚のイコンを見る様に鑑賞してみる。
すると、そのなかに意外な風景や情景が見えて来たりする。
「漢字は素朴な絵である」などということはない。
文字には1枚の宗教画やひとつのよくできた御芝居の様にいろいろな意味や要素が目一杯詰まっているのだ。
驚くべきは三千年以上も前のデザイン集団のセンスのよさだ。
それらを少しずつ紐解いていけたら.........と思う。
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